

昔なつかしの村芝居 ![]() |
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| 昭和60年に結成され、現在までふるさとに定着し、時代ものの芝居を通じて涙あり笑いありで町内外の多くの方に親しまれて公演活動が続けられています。 また、同じ芝居グループとしての縁がきっかけで佐渡市(旧両津市)野浦の佐渡民謡研究会(旧若藤会)と平成7年より交流が続いております。 |
毎年10月15日小仁宇の八幡神社境内 にて秋祭りの宵宮余興として公演してお ります。 |
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長通り座会長の岩川洋一です。 よろしくお願いいたします。 (TEL0884−62−1741)小仁宇 役がらは、演じる人によって個性の ちがいが出るんで、何をやってもや りがいがあり面白いです。 昭和60年の秋から公演し24年目 を迎えます。 今年の秋も、ぜひ見に来てください。 お待ちしております。 |
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![]() これは、鷲敷町制施行90周年記念ホロンイベント『長通り座の芝居と佐渡郷土芸能の祭典』での公演【お竜哀しや竜神の池】の一場面です。 |
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![]() この日には、交流が続いております佐渡市野浦の佐渡民謡研究会【若藤会】の皆さんも出演して民謡『佐渡おけさ』・芝居『山椒太夫・佐渡の夕焼け』が上演されました。平成10年10月16日(金) |
座長の栗本茂男です。 (TEL0884−62−2638) 小仁宇 芝居の脚本・作演出を担当しております。 毎日の生活の中で、あれこれと芝居の 題材を考えております。 今年も、皆さんに楽しんでもらえる芝居 を作りたいと思っております。 どうぞよろしくお願いします。 |
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このたび、栗本座長の記事が徳島新聞(H19.12.30発行)に 掲載されましたのでご紹介させていただきます。 ![]() おなじみ村芝居 今年の出し物は 結成25周年記念公演 うす ゆき ざくら 淡 雪 桜 (全3幕) 雨天決行 脚本・作演出 栗本茂男 名物村芝居をご堪能ください。 と き:平成23年10月15日(土)午後7:30開演 ところ:小仁宇八幡神社(那賀町小仁宇) おでん・豚汁のご接待もあります。 ![]() ![]() 平成23年10月11日(火)徳島新聞掲載記事より 前回までの出し物等をご紹介させていただきますのでどうぞご覧ください。 ※当芝居パンフレット ![]() ![]() なお、この芝居には はるか佐渡民謡研究会より山形正之様・臼木秀昭様がお越しくださいました。 ![]() 小仁宇の子供三人によるウラヤスの舞 舞踊・・・夫婦坂 姉妹ピッタリ息が合ってました。 ![]() 庄屋新左エ門と女房袖は新之助と新二郎を分け隔 しかし、新二郎は実の息子ではなく拾われ子であった てなく慈しみ育てていた。 ことに嫌気が差し、酒におぼれる毎日だった。 ![]() 新之助が子分熊三に借りた金を新左エ門が払って ある日、水門破りを企てていた弟新二郎に代わり やる。 今までの親の恩と身代わりとなるのである。 ![]() 庄屋の病直しと、旅の僧と袖の掛け合いで大爆笑。 水不足のため水門破りを決行する新二郎。 ![]() 捕方平次の大罪人新二郎召し捕りの報に触れる 長通り座岩川会長からごあいさつ 代官舟津ノ守。しかしなんと新二郎は昔庄屋の軒先 に捨てた我が子であった。親子巡り会ったのもつか の間我が子は死罪とはなんとむごい定めなのか。・・・ ![]() 皆様、今年も無事芝居を終了できました。ありがとうございました。 お料理はどんと任せて・・・若妻会 ![]() (おでん・やきとりのご接待あります) ![]() ※当芝居 H19.11.21発行 徳島新聞記事 ※当芝居 H19.11.23発行 徳島新聞記事 このたびの公演は何と40年ぶりのお芝居ということですが、明治34年当時のお芝居絵巻などが 飾られました。その当時のお芝居の様子が伺えますのでご紹介させていただきます。 ![]() ![]() 日野谷西公民館(龍王神社横)舞台の幕 ![]() ![]() 明治34年当時の芝居の絵幕 ![]() ![]() ![]() ふすま絵の表面には龍が ![]() ![]() ![]() ふすま絵の裏面には虎が描かれています。 ![]() 旭に松でしょうか? 筆書のものもありました。 ![]() ![]() ![]() 松林のふすま絵・・・何とも風流です。(表面) お城の門、鉄砲穴まで描かれております。(裏面) |
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![]() ※当芝居 H19.10.19発行 徳島新聞記事 ![]() ※当芝居 H19.10.23発行 徳島新聞記事 ![]() |
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平成20年4月20日(日)長通り座より栗本座長と座員岩川の2名が 佐渡へ、そして平成20年佐渡野浦春祭り演芸会に参加しました。 ![]() 佐渡民謡研究会臼杵勝弘会長さんよりごあいさつ オープニングはドドンと佐渡民謡・・・答えられない。 ![]() 佐渡民謡『相川音頭』で・・・佐渡満喫。 おなじみ民謡『佐渡おけさ』・・・さらに満喫。 ![]() 『春駒』・・・今回は人数が少し多く、若くてたのもしい。 『きよしのズンドコ節』・・・みんなお元気そうですね。 ![]() 舞踊『風よ』・・・風雅に踊られました。 ウルトラ ミュージック パワー さすがパワーあり。 ![]() 『トキの舞』最近10羽のトキ放鳥で日本中湧きました。 佐渡市長さんよりご挨拶がございました。 ![]() 文弥人形双葉座『弁慶五条の橋』公演すばらしい。 文弥人形双葉座『義経千本桜(椎ノ木の段)』公演 ![]() 舞踊『冬美のソーラン節』で景気を付けましょう。 舞踊『漁火の宿』・・・グッと祭りを引き立てます。 ![]() 舞踊『お菊』・・・三度笠股旅姿もまたいいねえ。 芝居:淡雪桜(うすゆきざくら)百合姫を籠に背負って 落ちのびる寺男と光真和尚。 芝居 淡雪桜(うすゆきざくら) あらすじ:阿波の国徳島那賀郡那賀町八幡原にある、細川真之の墓にまつわる歴史を題材に作られた物語。 細川真之の娘百合姫を追っ手から逃すため、和尚と寺男は道を急いでいた。ある時、以前細川氏に恩 を受けた家臣一家に姫は匿われたが、追っ手はすぐそこに迫った。果たして百合姫の運命やいかに・・・ ![]() 楽しく暮らす武士の一家に、はや岡っ引きの影が・・・ 姫を背負籠に入れて落ち延びていたが、姫は見つけられた。 ![]() 寺男は殺されてしまったが、危うく姫は、細川真之の 家臣一家には、姉弟の2人がいて幸せに暮らしていた。 家臣に助けられた。そして光真和尚は、この家臣に そして母親は武家として、子をいつくしみ厳しく育てていた。 百合姫を託するのであった。 ![]() とうとう、百合姫を付きとめた奉行・目明かし達の揃い 詰め寄る奉行に、なんと百合姫の首ではなく、娘桜 ぶみ。百合姫の運命やいかに・・・・・ の首を武士(父親)は差し出したのである。 ![]() なんとか百合姫の命は救われた。しかし桜の変わり果てた 奉行達が立ち去った後、にわかに桜の花が舞い落ち 姿。一家3人は涙を押し殺して奉行を見送るのであった。 て来た。これは、あわれ我が子桜ではなかろうか・・・ ![]() 涙あり・笑いあり・・・すばらしいお芝居でした。 このたび、佐渡民謡研究会より寄せられたおたよりです。 |
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![]() 平成19年10月20日(土)〜21日(日)はるばる佐渡市野浦より佐渡民謡 研究会のご一行様18名が来町されました。その模様をどうぞご覧ください。 ![]() 10月20日(土)午前9:00淡路島のホテルへ 一路那賀町への途中、鳴門『渦の道』を見学しました。 長通り座より3名でお迎えに参りました。 ![]() 那賀町到着後は、昼食ラーメン店『とっと』でお心 坂口博文町長さんを表敬訪問いたしました。・・・記念撮影 尽くしの中華そばを満喫・・・ロープウェイにて太 龍寺を参拝しました。 さあいよいよ、長通り座村芝居と佐渡民謡の共演のはじまりはじまり ![]() 臼杵勝弘会長さんからご挨拶 佐渡民謡のトップはまず『春駒』から始まりました。 ようこそ那賀町へお越しくださいました。 一瞬佐渡へ来たような錯覚で見応えがありました。 ![]() 舞踊『羅生門』 息もぴったりすばらしい。・・・お祭りに華を添えていただきました。 ![]() 舞踊『おけさ節』 佐渡の荒波・・・伝わってきそうで迫力がありました。 ![]() 佐渡民謡・・・何度聞いても情緒たっぷり・・・ええのう 会場は満員で、みなさん佐渡民謡に見入っておられました。 三味線は佐渡民謡の要です・・・頼もしい限りです。 男子三名・・・みごとな喉で佐渡民謡堪能しました。 相川音頭・両津甚句・・・何度見てもすばらしい限りです。 那賀町で佐渡おけさが見られるとは・・・まっこと 夢のようです。 ![]() またまた、佐渡情緒たっぷり堪能いたしました。 交流のフィナーレは、みんなで踊る阿波踊りでした・・・。 今回も、素晴らしい交流ができました。・・・これからもお互いの交流をよろしくお願いいたします。 平成19年10月21日(土)午前8:00 『ホテルわしの里』前にて ![]() 大阪空港(伊丹)への途中立ち寄りました。 明石サービスエリアにて大橋バックに記念撮影 みな様、それではご機嫌よう・・・ 野浦佐渡民謡研究会交流記ー完ー つづいては おなじみ芝居 ![]() どうぞご覧下さい。 ![]() 第1幕祭り太鼓にさそわれてあばれ太鼓の ここに、はや馬造の子分石五郎(左)と岩三の姿が 勘太郎は、ふる里小仁宇村に帰ってきた。悪党馬造 あった。寝とぼけて石五郎がお米の名を呼んでいる。 親分の悪巧みで、胴丸の熊吉を殺めた罪でわらじを 石五郎を起こしてさあ、悪巧みがいよいよ始まろうとし はいていたのだ。帰って来たばっかりに、再び災難が ている。 身に降りかかるとは・・・はたして勘太郎の運命はい かに・・・ ![]() 21代目馬造親分(左)がまた、勘太郎の兄弟分の銀 馬造は、渡世の義理と吹きかけ銀平に勘太郎を殺す 平に言い寄り何かと、身内といっしょに泊まらせたり執 ように言いくるめるのだった。 拗に世話をやくのであった。 ![]() いよいよあばれ太鼓の勘太郎が村へ帰ってきた。 とうとう、銀平は勘太郎に斬りかかった。危ない、勘太郎 まず、鳥追い女お竜に出合い、財布をすられてしまっ の運命はいかに・・・ た。しかし心根のやさしい勘太郎は財布を取り返した がお竜は見逃してやるのだった。 ![]() なんと、銀平は命覚悟で勘太郎に斬りかかり兄弟分 第2幕佐渡芸人一行に、文句をつける岩三と 勘太郎の手によって自らの命を絶ったのだった。 石五郎・・・何と座長は佐渡の守山形奉行の実弟であ った。かくして踊り子たちは座長によって難を逃れた。 ![]() 外の様子に出た目の見えない源助は、スズメバチ 佐渡の守山形奉行と銀平の父親源助は再会を果たし に刺された。いまわしいハチを追いかけると、宮司 た。島流しにあった源助は、昔の積もる話をしては何 を追い廻す結果となった。驚いた宮司はそのすば 度もお奉行様にお礼を言い当時を懐かしむのだった。 やさに源助の目に疑いを持ち小判で試してみたが、 小判はにおいで分かると言う源助から目の確証は 得られなかった。さすがじゃ・・しかし、宮司もやはり 源助のせがれ銀平への思いに同情し、いたわりの 言葉を投げかけるのであった。 佐渡奉行をお連れしたのは駕籠屋三吉(左)と六助 勘太郎は、銀平の形見頭髪を光常庵主の光真に預け であった。駄賃をめぐってのやりとり・佐渡へのもうけ 、源助に何と言って逢ったらよいかを尋ねるのだった。 話におもしろおかしく華を咲かせるのだった。 ![]() 何と勘太郎は、目の見えない源助のために銀平に とうとう、魔の手は光常庵にまでおよんだ。勘太郎を 成り代わって親孝行をするのだった。しかし、源助は つけ狙っていた馬造一家が斬りかかって来た。さあ、 すでに勘太郎と光真の話を立ち聞きして身代わりと またまた危うし勘太郎の運命やいかに。・・・ 知って黙ってされるままに孝行を受けるのであった。 危ういところ、光真の言葉に助けられ、そして目明か 勘太郎は、源助に火の粉が及ぶ事を恐れ再び旅立っ し佐吉(左から2人目)にも助けられることとなった。 てしまった。残された源助は祭り太鼓とともにもう一度 何と佐吉は以前に心の蔵の病で倒れた時、勘太郎 帰ってくることをただ一心に祈るのであった。・・・・・ に一度助けられていたのだった。男の友情に馬造は 成すすべもなく退参していった。 完 ![]() 小仁宇若妻会のお接待で今回も心づくしのおでん お芝居の後は、恒例のお菓子投げが始まりました。 ・豚汁が配られました。・・・ごちそうさまでした。 ![]() 今回のキャストの勢揃い・・・岩川会長挨拶により無事終了いたしました。 また、来年も長通り座の芝居にぜひおこしください。 |
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![]() このたび、長通り座と佐渡民謡研究会(旧若藤会)との交流事業の ため有志17名で佐渡市野浦を訪問いたしました。 とき:平成18年4月15日(土)〜17日(月) 16日(日)午前10時から野浦小学校で開催されました 野浦春祭りと併せて交流の模様をどうぞご覧下さい。 ![]() 野浦は、佐渡市の東部、小佐渡東海岸に位置し、佐渡の玄関口両津港から約22qの 海岸線に集落が形成されています。現在、42世帯に140人が住んでいます。 平成10年度に県・市の補助を受けて伝統芸能伝承館の建設を契機に、佐渡伝統芸能 の伝承活動を通じてむらの活性化を図るため、むらづくり、里づくりが進められており ます。 また、野浦は『野生のトキ』の最後の営巣地であったことから、野生復帰への取り組 みが盛んに行われております。 HP『里地ネットワーク野浦』 HP『トキ』 ![]() 野浦集落を臨む 佐渡市野浦 ![]() 春駒 野浦伝統芸能伝承館 ![]() 佐渡おけさ 野浦のみなさん ![]() 文弥人形 こうして、子供に受け継がれます 台所をあずかる婦人部は要です。 それでは、野浦春祭りどうぞご覧下さい。
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きずな 4幕と き:平成18年10月14日(土)よる7:30開演 ところ:小仁宇八幡神社舞台 今年の芝居 : 男の友情をテーマにした時代劇です。 最近、親子の絆・夫婦の絆・友との絆が稀薄になっているように思われます。 この芝居を通していろんな絆を思い起こしていただければと思っております。 ![]() どうぞごゆっくりご観覧下さい。 長通り座会長:岩川洋一(目明かし伊助) ![]() 希望が叶っておいしいチョコバナナが復活・・・ 前座は、長通座若妻会の4名が踊ります。 すっごくおいしかった。 曲はまつり ![]() 主人公巳ノ吉(右端)に貸した金をつり上げ、その あまりにもしつこく言い寄る子分三次に見かねた 代償に美しい巳ノ吉の妻お袖をそばめにと三次を 巳ノ吉はつい、そばにあった包丁であやめてしま 使って言い寄る20代目長通りの馬造(右から2人目) った。 ![]() お縄にしたのは、何と巳ノ吉の幼なじみの目明かし ついに、牢屋に入れられた巳ノ吉は、牢名主の熊 伊助であった。仲の良かった2人に・・・なんと世は 五郎(右)と牢頭松吉にいたぶられることになった。 無情であろうか。お袖は夫の罪をただ、伊助に託 しかし、伊助がこのことを知ってすでにツル(銭)を髷 すのみであった。・・・1幕終 に隠していたので、この場の災難を逃れた。それを知 った巳ノ吉は、ただ心の中で伊助に礼を言うのだった。 ![]() そんな時、付近に火事が発生し罪人3名の解き放ち 子分を殺められた馬造は、この時とばかり巳ノ吉 を奉行山田舟津守より言い渡されるのであった。そし に仕返しをして、お袖を我が者にしようと悪巧みを て巳ノ吉が約束の時までに帰ってこなかった場合は ひそかに思案していたのである。なんとずる賢い 伊助の命と引き換えにするという約束を負わされた。 やつではないか馬造は・・・2幕終 ![]() 解き放しで、お袖と父親源吉に会えたのもつかの間 集合場所の八幡神社へ行く途中馬造と子分三次 日没までに八幡神社に帰らなければ伊助の命はな と双子の兄弟三吉が巳ノ吉を待ち伏せていた。何と いのだ。何という巳ノ吉はつらい定めを持ち合わせ・。 馬造は巳ノ吉に斬りつけた弾みで三吉まで殺めた。 ![]() 人並みはずれた執念で・・とうとう巳ノ吉に斬りつけた。 深手を負いながらやっと巳ノ吉は伊助に逢えること 哀れ巳ノ吉は深手を負ってしまった。さあ、約束の集 か゛出来た。しかしもう巳ノ吉の命の灯火は消えよう 合場所八幡神社までたどり着けるのだろうか・・・ としていたのだった。 そして伊助の運命はいかに・・・3幕終 ![]() しかし、お奉行様は、すでに馬造の悪巧みそして男と こうして新二郎の報告で、すべて馬造の悪巧みが明らか 男の友情・絆を見通していた。巡検使の新二郎(仮の となった。男の絆は固く結ばれたが・・・巳ノ吉はすでに 名清水次郎長)を放っていたのだった。 伊助の腕の中で息を引き取っていたのだった。・・4幕終 ![]() みなさん、今年も皆様のご支援のおかげを持ちまして無事芝居も千秋楽を迎え ることが出来ました。どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。 ![]() ![]() 平成18年10月14日(土)記念撮影 小仁宇八幡神社舞台にて 4幕完
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![]() 佐渡市野浦のみなさん23名が平成16年3月8日(月)正午 お四国参りで、21番札所太龍寺を訪れました。 |
![]() これは平成16年10月15日の出し物 【お竜哀しや竜神の池】の一場面です。 お里と、娘お竜の別れの 一場面・・・子役もがんばります。 |
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| 佐渡市野浦HP『里地ネットワーク』『佐渡が島』『朱鷺』 |
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